東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2057号 判決 1967年10月25日
原告 苗村株式会社
右訴訟代理人弁護士 飲野仁
被告 小島市二
被告 和田次平
右両名訴訟代理人弁護士 安富東一
主文
被告らは各自原告に対し、金二、〇五二、三九六円およびこれに対する昭和四二年一月一日から完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
一、原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め請求の原因として次のとおり陳述した。
原告は、被告小島市二が振出し、被告和田次平がその保証をした左記約束手形金一通の所持人である。
金額・二、〇五二、三九六円 満期・昭和四一年一二月三一日 支払地および振出地・東京都 支払場所・株式会社東海銀行小舟町支店 振出日・昭和四〇年八月一一日 振出人・小島市二 保証人・和田次平 受取人・苗村株式会社
原告は右手形を満期に支払場所に支払のため呈示した。よって被告らに対し、右手形金二、〇五二、三九六円とこれに対する呈示の後である昭和四二年一月一日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金とを各自支払うべきことを求める。
二、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。
原告の請求原因として主張する事実のうち、原告主張の手形の支払場所が株式会社東海銀行小舟町支店と記載されていたこと、被告和田が右手形の振出人の保証をしたことを否認し、その余の事実を認める。右の支払場所は自宅と記載されていたものを原告は勝手に右のように変造したものであるから、原告のなした支払のための呈示は不適法であって被告らを遅滞におちいらせる効力はない。また被告和田は右手形の共同振出人である。
もともと本件手形は、被告小島が代表取締役、被告和田が専務取締役をしていた訴外安田商事株式会社の倒産に際し、その債権者である原告の強硬な要求により、被告両名が右会社の原告に対する債務を引受ける趣旨で振出したものである。しかし、その後右訴外会社は各債権者と交渉の結果債務額の三割にあたる金額を支払えばその余の債務を免除する旨の合意を成立させ、昭和四〇年九月頃に原告に対しても右の三割に相当する金額を弁済したから、これによって訴外会社の原告に対する残債務は消滅し、したがって被告らの債務も消滅したものであって、その履行のために振出された手形の支払義務も消滅した。仮にそうでないとしても、本件手形振出に際し、被告らは右訴外会社が再建されることを条件として手形金の支払に応ずることを約し、かつ右の条件が成就しないうちに手形の満期が到来したときは弁済期を延期してあらためて協議の上これを定めることを約したもので、そのため本件手形は前述のように支払場所を自宅とした上、他に裏書譲渡することを禁止する文言を記載して原告に交付したものである。しかるに訴外会社はその後再建にいたらず、本件手形金の弁済期についても協議が成立していないから、被告らは未だ本件手形金支払の義務を負わない。
三、原告訴訟代理人は被告らの抗弁に対し次のとおり請求した。
被告らの主張事実のうち、本件手形が訴外安田商事株式会社の原告に対する債務を引受ける趣旨で振出されたものであること、本件手形に裏書禁止の文言が記載されていること、および本件手形に記載された支払場所が訂正されていることは認めるが、その余の事実は否認する。右の支払場所は被告小島によって訂正記載されたものである。また、原告は本件手形を受けとるに際し、その満期についてはあらためて協議の上更新することができる旨を約したものに過ぎない。
四、<以下省略>。
理由
被告小島市二が支払場所を「自宅」と記載したほか、保証人の氏名の記載を除いて原告主張のとおりの記載のある約束手形一通を振出し、原告が現に右手形を所持する事実、右手形の支払場所欄には右の「自宅」とあるのを抹消して「株式会社東海銀行小舟町支店」と現に記載されている事実、右手形の振出人欄に被告小島市二の署名と並んで被告和田次平の記名捺印がなされている事実および原告が右手形を満期に右の書換後の支払場所に支払のため呈示した事実はいずれも当事者間に争いがない。
被告らは、右手形になされた支払場所の記載の変更が被告らの意思に基づかずに原告によって勝手になされた旨を主張するけれども、成立に争いのない乙第一号証、被告小島本人の供述によっては未だ右の主張事実を確認するには足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。かえって証人前田修の証言により訂正部分の文言どおりの記載のある文書として真正に成立したものと認め得る甲第一号証の一、同第三号証と右前田証人の証言とによれば、本件手形上の前示の変更部分はその振出日頃被告小島の意思に基づいて記載されたもので、その記載の変更は被告和田の意思に反するものでもなかったことを窺うに足りる。
さらに、前掲甲第一号証の一によれば本件手形の振出人欄には先ず被告小島の署名があり、これに続いて被告和田の記名捺印が並記されておりそのそれぞれの肩書に本判決冒頭記載の住所地が記載されていることが明らかであって、この事実と株式会社東海銀行小舟町支店が被告小島の肩書地である東京都中央区内に存在する事実から見れば、被告和田は本件手形の共同振出人ではなく振出人である被告小島の保証人であると認めるのが相当であり、かつ本件手形の支払地および振出地はいずれも東京都中央区であるとみなさるべきである。
次に被告らは、本件手形振出の原因である被告らの債務は、元来の債務者である訴外安田商事株式会社において原告に対する債務の三割を弁済し残額につき免除を受けたことに伴い消滅した旨を主張する。そして、本件手形振出の原因が被告ら主張のとおりのものであることは当事者間に争いがなく、かつ前掲前田証人および証人杉江鋒一の各証言によれば、原告が右訴外会社に対する債権の三割に当る金額の弁済を受けた事実を認めることができるけれども、原告が訴外会社のその余の債務を確定的に免除したことについては、右杉江証人の証言中この点に関する部分は直ちに採用しがたく、他にこれを認めるに足りる確かな証拠はない。むしろ、成立に争いのない甲第二、第四号証、同乙第三ないし第八号証、前掲甲第三号証に前掲前田証人の証言を総合すれば、原告は右の残債務を右訴外会社から現実に回収することはできないことを慮って右の残債権を引受けることを被告らに要求し、右の残額を手形金額とする本件手形を受け取ったものであると認められる。したがって、本件手形振出の原因債務が消滅したことを前提とする被告らの抗弁はこれを採ることができない。
最後に被告らは、被告らの本件手形債務は前記訴外会社の再建されることを停止条件とするものであり、かつ、その弁済期が猶予された旨を主張する。そして前掲甲第三号証および被告両名の各供述中には右の前段の主張にそうような記載および供述があるけれども、他方、前掲前田および杉江両証人の各証言によると甲第三号証の文書は特に原告側の了解を得ることもなく被告側で作成した文書である事実が窺われ、かつ本件手形作成の経緯について前認定のような事情がある以上、訴外会社からの債権の回収不能を考えて被告らの債務引受を求めた原告がその債務について訴外会社の再建を条件とすることを許容することは通例考えられない点を勘案すれば、前記甲第三号証の記載および被告両名の各供述はたやすく採用することはできないといわざるを得ず、他に被告らの前記主張事実を認めるに足りる証拠はない。また、本件手形の弁済期があらためて協議の成立するまで当然無期限に延期されたという被告らの主張事実は、被告らの援用する甲第三号証の文言自体からもこれを認めるに足りず、他に右の主張事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると本件手形債務が未だ効力を生ぜず、もしくはその弁済期が到来しないという趣旨の被告らの抗弁もまた採用の限りでない。
以上のとおりであるから、結局、本件手形(その支払地、支払場所、および振出地については前認定のとおりの)所持人である原告に対し、被告小島はその振出人として、被告和田は振出人の保証人として、右手形金二、〇五二、三九六円およびこれに対する履行遅滞の後(呈示の翌日)である昭和四二年一月一日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を各自支払うべき義務があるというべく、原告の本訴各請求は全部正当として認容しなければならない。<以下省略>。